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ちくわ・かまぼこ天ぷら詰め合わせ

瀬戸内の風土と練り物

港町があるところに練り物屋がある
昔は瀬戸内海でも漁業が盛んで、港には街ができ、交易や商売の場所として人々があつまっていました。
魚をおいしく食べる加工食品として、ちくわやかまぼこなどが開発された時代、港町があるところには練り物屋があり、その土地でとれた原料で練り製品を作っていました。
現代では冷凍すり身の開発と流通の発達により、全国各地の原料で作ることができますが、海に面した県や港町があった所に練り物屋が多いのはそのためです。
地産地消から生まれた瀬戸内の味
土屋本店が創業された時代、水産加工品の本場は大阪でした。
創業者である土屋折助(つちやおりすけ)は瀬戸内の豊かな水産資源を商売に活かすために、大阪に修行にいき、本場のノウハウを身につけました。

まだ冷凍・冷蔵技術や流通が発達していなかった頃ですので、関西で技術を学んでも使う魚は瀬戸内のもの。
また、味の好みも地方の食文化により違います。
永い時間をかけて、瀬戸内地方の練り物は独自に進化・発展をしてきました。
全国の地元の練り物を食べ比べてみると地方によってかたさや、食感、色や形が全く違うのがよくわかります。

瀬戸内地方の練り物はソフトで甘味の少ない上品な味。
見た目や色も素材そのものの色を活かした落ち着いたものが多く、少し焦がし気味に焼くことで風味や香ばしさを感じさせるのも特長です。
瀬戸内の風土と食文化が育んだこの地方独自の味をぜひご賞味ください。

3代目社長が語る「土屋本店」の歴史

初代の業績と90年の苦労
初代社長の「土屋折助」は意欲的に様々な商品を開発していました。
中でも現在全国に広まっている「豆竹輪」を開発・普及したという業績は全国水産練製品協会から表彰を受けるほどでした。
創業90年の長い歴史の中にはいろいろな苦労もあったようです。
戦時中は原料が配給制になり、調達が困難になったこともあったそうですが、地元の各業者で一時的に協業のような形をつくり乗り切ったというエピソードもあります。
初代のころは家族経営に近い形だった会社も徐々に大きくなり、おかげさまで90年もの長い間練り物ひとすじで続けてくることができました。
練り物業界の歴史と現状
現在の社長の代になった昭和40年代。
かまぼこは「板の上の刺身」とも呼ばれ、冠婚葬祭に使われる「細工かまぼこ」などからもわかるように、高級でおいしい食材としてのイメージがありました。
時代がすすむにつれ、食文化の変化や大量生産・大量消費の風潮がうまれ、練り製品の価格はどんどん下がり、今ではどこでも手軽に手に入る、一般的な食べ物になりました。
普及するのは良いことなのですが、安さを追い求めるあまり、原料の質を下げて、添加物で味を整えるという製造法も増えてきました。
練り製品は安くて、添加物がたくさん入っているおいしくない食べ物というイメージの方も残念ながらいらっしゃいます。
本当に良いものを作りたい
そのようなイメージを払拭するために、練り物の本当のおいしさ、地方に根付いた豊富な味をご賞味頂きたい。
土屋本店は昔ながらの少量受注生産体制で、効率や価格よりも、本当のおいしさにこだわリ続けてきました。
変わり行く時代の中で、値段を下げることよりも、原料が高くてもおいしいものならその原料でできる商品を。
もちろん、ブランド料のような余計な料金は価格に上乗せはしません。
製造直売で中間マージンを削ることで、最高品質の商品を真っ当な価格で販売しています。
原料の吟味や仕入れ先にもこだわって、安く多く作るより、その時にできる最高のものを、喜んでくれるお客様に提供しています。

認められている本物の味

毎年開催の品評会について
毎年全国かまぼこ連合会が主催する「全国かまぼこ品評会」というものがあります。
全国各地のかまぼこやちくわなどの練製品製造業者が参加し、自慢の商品を出品し、審査員が品評する会です。
評価は全てメーカーを隠した番号で行われ、公平な審査により各種の賞が与えられる品評会です。
土屋本店はその品評会で出品した年はほぼ毎年賞を頂いております。
最高の賞である「農林水産大臣賞」をはじめ、「水産庁長官賞」や「県知事賞」など、たくさんの受賞歴が土屋本店の本物の味を証明しています。

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